2013年5月17日金曜日

えいごってむつかしい



ふと疑問に思ったんだけど、英語の基準って何なんだろう?

あなたにとって、「英語ができる」って言える基準は何ですか?

英検1級をもっていたら、英語ができると言えますか? 外国人とスムーズに会話ができたら英語ができると言えますか? 国際学部で英語を学んで卒業したら英語ができるようになったと言えますか?

基準をつけること自体間違っていると思うけど、英語ができる。って言えるラインはとても難しいと思う。
言っちゃえば、母国語が日本語の僕らにとってHi how are you?って言えるだけでも一応英語ができてるわけで。。。

まぁそんなことはどうだっていいんだけれど、本題は「日本英語」は英語圏で通用するのか???ってところ。

なぜ今頃こんなことを考えているのかというとソーシャルネットワークでの父親のコメントを見ていて、’流れ’が無いと感じたから。
父は仕事柄英語で人と会話する機会があるわけなんだけれど、正直いまの語学力(文面も含めたコミュニケーション力)で相手に自分の伝えたいことを伝えられているのか?ってことが不思議に思えてきて仕方がない。
たしかに父は日本の英語教育で育ってきた人間の一人だから、会話力という点では限界があっても、確実にぼく以上に単語や文法を理解しているはず。
けれど、いつもソーシャルに投稿されている英語の投稿は、なぜがすっきりしない英語になってる。
言いたいことは何となく分かっても、文法や使っている単語がどうも自然じゃない。

英語っていうのは難しい言語で、同じ意味を表すのに、違う単語だったり、違う言い回しがあったりする。
簡単な例は「why?」 なんで?どうして?って意味で使うけれど、これは他にも、”How come?” ”As if?”なんて違う言い方もできる。
そしてその場の雰囲気や状態によってどれを使うか決める。(そんなに変わらないときもあるケド)

そしてさらに「ジャパニーズ・イングリッシュ」は文法に縛られ過ぎてる気がする。
あなたはロボットですか?笑
それとあまりにも大量の文法を詰め込まれまくるせいか、それがごっちゃになって文に出てる気がする。

もちろん文法ができることに悪いことはないと思うし、文を書くうえではとても大切な事だと思うけど、英語のレポートなんて最低限の文法を理解していれば、なんなく書けると思う。
あまりにも文法を気にかけすぎて、言葉の「流れ」、「フロウ」を無くしてしまう方がよっぽどマイナスだとぼくは考えます。

ネイティブに近づく、ということを英語ができることの基準にするならいかに自然な英語ができるかが一番の決め手じゃないかなぁと。

言い方を変えれば、文法や単語に強い日本人の英語には将来ネイティブに近い英語力を手に入れることができる潜在能力が秘められているってこと。


ぼくはこの逆で、中学時代も真剣に文法とかやった記憶がなくていつも流れで書いてた。
そしていち早くこっちの環境に入りたいがために、「話すこと」、「聞くこと」に集中して勉強というか生活というか、暮らして来ました。

自分で言うのもおかしいけどだからぼくはほかの留学生よりネイティブに近い言葉を使うしスラングだって使う。だからか、ネイティブに受け入れられやすい。

要するに相手にとっていかに’自然’かというところで間にあるバリアーの厚さが変わってくるって訳。
こいつ外国人なのにおもしれー!って相手に思われることがスタートです。(笑)

日本語だってそう、外国からの留学生が「積んだ」とか「つらたん」とか使ってたらなじみやすいでしょ?ww

まぁぼくの場合これに集中しすぎたせいで、文法と単語力はボロボロ。
単語の勉強なんてメルボルンに来てしたことがないと思う。笑

自分ではほかの人より少しでも自然な英語が話せるということはぼくの中での「英語ができる」っていう自信に繋がっているし、将来もし国際的な活動をする際に役にたつんじゃないかなぁ〜なんてポジティブに考えてるけど(笑)
でもやっぱり文法をマスターすることは大切だし、今の自分や将来の自分を考えると必要不可欠なスキルになってくると思うから、やっぱり勉強しないと。


なんかとても長くなりましたが、なんとなくでもぼくの言いたいことが分かってもらえれば嬉しいです。
英語を勉強したい!英語ができるようになりたい!っていう人はまず自分が持っている英語のスキルを考えてそれからそれにあった勉強の方法をとれば効率的かと思います。

そんだけ。









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